日本古代史関係研究文献目録データベース
小口雅史編
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241. 森 公章 他田神護の願い-プロローグ|倭王権の成長と地方豪族(前方後円墳体制と下海上地域|
倭の五王
とその時代|中央集権体制への胎動|推古朝の達成と限界)|律令制地方支配のなかで(乙巳の変と評制の施行|郡司とは|郡支配を支えたもの|受領と郡司)|郡司氏族の行方(天慶の乱と武者の出現|国衙支配の確立|西国国衙の展開)|神護の後裔-エピローグ|あとがき|参考文献
刊行年:2013/01
データ:『古代豪族と武士の誕生』 吉川弘文館
242. 川﨑 晃 三〇一年~四〇五年 朝鮮半島への進出|四一三年~四六三年
倭の五王
の世紀|四七一年~五〇二年 倭王武とその時代|五〇三年~五二六年 継体天皇の登場|五二七年~五三七年 磐井の叛乱と蘇我氏の台頭|五三八年~五五六年 仏教公伝-政治対立の新芽|五五七年~五八五年 任那滅亡-海外拠点の喪失|五八六年~五九二年 馬子専権-物部氏の滅亡|推古一五年~推古三〇年(六〇七~六二二)日出づる処の天子|斉明六年~天智五年(六六〇~六六六)白村江の敗戦と戦後処理
刊行年:1982/12
データ:『読める年表』 1 自由国民社
243. 小林 行雄 凸面鏡と凹面鏡-はじめ日本人は鏡をどううけとったか|漢の鏡-弥生時代には中国鏡をどう手にいれたか|魏の鏡-卑弥呼がもらったのはどのような鏡か|大和政権と鏡-古代の権力者は鏡をどうとりあつかったか|製鏡-日本ではどのような鏡をつくったか|
倭の五王
と鏡-5世紀には鏡はどう変化したか|正倉院の鏡-唐の文化は鏡をどうかえたか|唐鏡から和鏡へ-8世紀以後の日本人は鏡をどう見なおしたか|鏡の製作-鏡の製作法はどうかわってきたか|鏡の幾何学-幾何学は鏡の製作にどう役だったか
刊行年:1965/11
データ:『古鏡-その謎と源をさぐる-』 学生社
244. 森 公章 倭国の登場(倭国の存立と東アジア|東アジアの動乱の時代|本書の構成)|百済の対高句麗戦争と倭国(倭・百済関係の形成|
倭の五王
の外交と内政|百済の滅亡と復興)|加耶諸国とめぐる紛争(「任那四県割譲」と己・帯沙をめぐる問題|南加羅己呑と近江毛野の出兵|「任那復興会議」と倭国)|白村江への道程(倭国の「任那復興」策と百済の動向|朝鮮三国の接近と倭国の方策|東アジア情勢の変動と倭国の選択)|白村江の敗戦 エピローグ
刊行年:2006/12
データ:『東アジアの動乱と倭国』 吉川弘文館
245. 利光 三津夫 まえがき|日本政治史の意義|上代(国家成立以前|氏族国家の起源|氏族国家の政治方式|氏族国家の統合|統合の進展|
倭の五王
|五世紀大和政権の政治組織|内廷と外廷|地方の反抗|推古朝の政治)|中古(一)(大化改新|日唐戦争|壬申の乱|天武持統朝の政治|律令政治|藤原氏の台頭|諸兄から道鏡政権へ|民衆の動静)|中古(二)(親政時代|前期摂関時代|摂関中停時代|後期摂関政治(その成立期)|後期摂関政治(盛行期)|前期院政時代|農民の動静)
刊行年:1977/10
データ:『日本古代政治史』 慶應通信
246. 斎川 真 天皇という称号(「天皇」とはそもそも法律用語である|「天皇」とは「北極星」のことである|君主の称号とは、臣下が献上するものである|日本の天皇号は臣下が献上した|天皇は、「
倭の五王
」の子孫である|天皇の統治は、高天原の神の委任である|天皇の「姓」は、宮号である)|中国と日本(「冊封体制」とは何か|冊封体制とは、中華帝国の世界秩序のことである|天命思想とは、王朝交替の思想である|日本は、中華帝国に朝貢して、世界史に登場した|遣隋使・遣唐使は、中華帝国の官職・爵号はいらないと伝えた|日本という国名は、律令体制に伴ってあらわれる)|日本律令国家(日本は、中華帝国のような国家になりたかった|日本は、律令を作るために、中国から律令の写本を運んできた|日本の血統原理の正当性は王朝交替思想を排除して成立した|律令国家は、行政指導・官僚統制型の国家である|結論 そして、国家の枠だけが残った)|おわりに-律令がわかれば日本がわかる|あとがき
刊行年:1999/10
データ:『天皇がわかれば日本がわかる』 筑摩書房
247. 鈴木 英夫 井上秀雄『古代朝鮮』日本放送出版会,1972|今西龍『新羅史研究』近沢書店,1933(国書刊行会,1970)|今西龍『百済史研究』近沢書店,1934(国書刊行会,1970)|大石良材『日本王権の成立』塙書房,1975|木宮泰彦『日支交通史』上・下,金刺芳流堂,1926-27|末松保和『任那興亡史』大八洲出版,1949(吉川弘文館,1956)|末松保和『日本上代史管見』笠井出版印刷社,1963|鈴木英夫『古代の倭国と朝鮮諸国』青木書店,1996|鈴木靖民『古代国家史研究の歩み』新人物往来社,1980(増補版,1983)|鈴木靖民『古代対外関係史の研究』吉川弘文館,1985|藤間生大『日本民族の形成』岩波書店,1951|藤間生大『東アジア世界の形成』春秋社,1966|藤間生大『
倭の五王
』岩波新書,1968|増村宏『遣唐使の研究』同朋舎,1989|三品彰英『日本書紀朝鮮関係記事考証』上・下,吉川弘文館,1962-2002|三品彰英『三品彰英著作集』全6巻,平凡社,1970-74
刊行年:2003/12
データ:『日本史文献事典』 弘文堂 第Ⅰ部
248. 小林 洋介
倭の五王
論争 五王を結ぶ関係とは|大和国家論争 国家はいかにして形成されたか|任那日本府論争 日本府は実在したか|継体王朝論争 内乱は実在したのか|磐井の乱論争 磐井の乱異視点考察|仏教伝来論争 伝来の年次はいつか|大化の改新論争 改新は本当にあったのか|天皇論争 古代の王権と天皇|壬申の乱論争 乱の直接の原因とは|神仏習合論争 神宮寺と富豪層|古代の遷都論争 平安京までの遷都の理由は|律令国家体制論争 国家の性質とは|富豪層論争 律令国家の変革者|平安京論争 なぜ遷都したのか|遣唐使論争 なぜ派遣されたのか|幼帝論争 幼帝とはなにか|延喜・天暦の治論争 本当に「聖代」だったのか|将門の乱論争 将門の「新皇」宣言と独自国家|平安時代の民衆運動論争 志多羅神運動の示す諸様相|藤原氏他氏排斥論争 安和の変は何のために|国司苛政闘争論争 解任された国司と解文|摂関政治論争 摂関家は権力を独占していたのか|土地の私有と譲状論争 平安時代の私有と村落の様相|田楽と民衆論争 永長大田楽の主体諸階層|荘園公領制論争 成立はいつだろうか|院政論争 院政の実態と主体|平氏政権論争 平清盛はいかにして政権を握ったか|武士論争 その発生と「武」の意味|武士団の棟梁論争 後三年の役と義家の虚像|鎌倉幕府成立論争 どのように成立したのか
刊行年:1997/04
データ:別冊歴史読本 22-23 新人物往来社