日本古代史関係研究文献目録データベース
小口雅史編
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160件中[141-160]
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141. 竹居 明男
米田
雄介
著『正倉院宝物の歴史と保存』『正倉院の日本文化』
刊行年:1998/02
データ:芸林 48-1 芸林会 図書紹介
142.
米田
雄介
日次記に非ざる「日記」について.-『平安遺文』を中心に
刊行年:1970/06
データ:『古記録の研究』 続群書類従完成会
143.
米田
雄介
正五位上と正四位上の越階について.-蔵人との関連において
刊行年:1970/07
データ:続日本紀研究 151 続日本紀研究会
144.
米田
雄介
林陸朗・鈴木靖民編『復元天平諸国正税帳』
刊行年:1986/06
データ:日本歴史 457 吉川弘文館 書評と紹介
145.
米田
雄介
近世から近代の正倉院.-江戸・明治期の宝物調査
刊行年:1999/05/16
データ:『週刊朝日百科』 1221 朝日新聞社
146.
米田
雄介
古代の行政改革と地名.-『常陸国風土記』と関連して
刊行年:2004/01
データ:日本歴史 668 吉川弘文館 研究余録 評
147. 福井 俊彦 位階制について.-
米田
雄介
氏「正五位上と正四位上の越階について」を読んで
刊行年:1971/03
データ:続日本紀研究 153・154 続日本紀研究会
148. 直木 孝次郎|坂元 義種|吉田 晶|
米田
雄介
坂本太郎博士古稀記念会編『続日本古代史論集(上巻)』
刊行年:1973/06
データ:史学雑誌 82-6 山川出版社
149. 戸田 聡(司会)|森本 公誠|稲本 泰生|金 理那|
米田
雄介
全体討論
刊行年:2008/10
データ:『正倉院宝物に学ぶ』 思文閣出版 正倉院宝物と八世紀東アジアの文化 正倉院学術シンポジウム2006
150.
米田
雄介
続紀における書紀関係の記事(上・天智朝まで)(下・天武-持統朝まで)
刊行年:1957/07|08
データ:続日本紀研究 4-7|8 続日本紀研究会
151.
米田
雄介
正倉院の歴史-天平の息吹を伝える倉と宝物|東大寺献物帳|赤漆欟木御厨子
刊行年:1999/04/25
データ:『週刊朝日百科』 1218 朝日新聞社
152.
米田
雄介
特輯『正倉院研究の現状』に寄せて|蜷川式胤の事蹟-正倉院宝物の調査に関連して
刊行年:1999/08
データ:古代文化 51-8 古代学協会
153.
米田
雄介
小口雅史他校注『一代要記』(一)~(三)(續神道大系 朝儀祭祀編)
刊行年:2007/09
データ:法政史学 68 法政大学史学会 書評と紹介
154. 佐伯 有清 毎日新聞社編『古事記の証明』・
米田
雄介
著『古代国家と地方豪族』・喜田貞吉著作集2『古墳墓年代の研究』
刊行年:1979/08/13
データ:週刊読書人 読書人
155. 明石 一紀|弓野 瑞子|弓野 正武|宮崎 康充|
米田
雄介
|本田 慧子|川田 貞夫 神祇伯・八省卿等長官一覧
刊行年:1986/05
データ:『日本史総覧』 補巻Ⅱ 新人物往来社
156.
米田
雄介
藤原政権への道-栄華の影で繰り広げられた陰湿な権力闘争には何があったのか|郡司・百姓の苛政上訴と武装蜂起-不正国司を糾弾
刊行年:1985/11
データ:『日本の戦乱・事変・騒動・総解説』 自由国民社
157.
米田
雄介
「正倉院学ノート」-天平の宝庫から1巨大木造倉庫|2校倉造り|3科学の目|5青斑石鼈合子|33辛櫃|34慶長櫃|36宝物の復元
刊行年:1997/02/06|13|20|03/06|10/23|11/06|21
データ:朝日新聞(奈良版) 朝日新聞社 正倉院学ノート
158.
米田
雄介
はじめに|概観|地方の意味-畿内と畿外|律令体制の成立と地方豪族|律令体制の展開と地方豪族|律令体制の動揺と地方豪族|律令体制の解体と地方豪族|一地方豪族の歴史-越中国利波臣氏の場合|中央官人化する地方豪族(一)-吉備真備の場合|同(二)-和気清麻呂の場合
刊行年:1979/06
データ:『古代国家と地方豪族』 教育社
159.
米田
雄介
平安時代史の扉(1平安時代史の史料集と参考文献|2長岡京と平安京-遷都をめぐって|3・4成立期の摂関制(一)(二)|5貴族制成立の前提-藤原氏を中心に|6藤原氏の経済的基盤|7執政の家-政権担当者の自覚|8日記-儀式と故実の手鑑|9外戚-もう一つの権力|10平安京-都と鄙|11地方政治と国司|貴族制と摂関政治-平安時代史の扉を閉じるにあたって)
刊行年:1980/01-12
データ:歴史研究 228~239 新人物往来社
160. 柳 雄太郎|
米田
雄介
|吉岡 眞之|平林 盛得|宮崎 康充|今江 廣道|飯倉 晴武 延暦四年~延暦十二年(七八五~七九三)長岡京造営と征夷の挫折|延暦十三年~延暦二十四年(七九四~八〇五)造都と征夷の成功-平安遷都|大同元年~弘仁元年(八〇六~八一〇)大同の新政と薬子の変|弘仁二年~弘仁十三年(八一一~八二二)弘仁の治世-唐風文化の興隆|弘仁十四年~天長十年(八二三~八三三)淳和の治世-学芸・文化の時代|承和元年~承和十四年(八三四~八四七)最後の遣唐使と承和の変|嘉祥元年~貞観七年(八四八~八六五)人臣太政大臣の出現|貞観八年~貞観十八年(八六六~八七六)応天門の変-人臣摂政の始まり|元慶元年~寛平二年(八七七~八九〇)陽成廃位と阿衡の紛議|寛平三年~昌泰三年(八九一~九〇〇)寛平の治-菅原道真の登用|延喜元年~延喜十三年(九〇一~九一三)延喜の治-律令制再建の夢|延喜十四年~延長八年(九一四~九三〇)菅公の怨霊-たび重なる不幸|承平元年~天慶八年(九三一~九四五)承平・天慶の大乱起こる|天慶九年~康保三年(九四六~九六六)天暦の治-精彩欠く〝新政〟|康保四年~寛和元年(九六七~九八五)安和の変-藤原一族の内訌|寛和二年~正暦五年(九八六~九九四)兼家の制覇-中関白家の春|長徳元年~寛弘六年(九九五~一〇〇九)道長浮上-皇后定子の悲運|寛弘七年~万寿二年(一〇一〇~一〇二五)望月の世-道長外孫帝の出現|万寿三年~長暦三年(一〇二六~一〇三九)巨星落つ-藤原道長の死|長久元年~天喜三年(一〇四〇~一〇五五)末法の世-相次ぐ騒乱火災|天喜四年~治暦三年(一〇五六~一〇六七)前九年の役-源氏の台頭|治暦四年~延久五年(一〇六八~一〇七三)後三条天皇-延久の善政|承保元年~応徳二年(一〇七四~一〇八五)天皇親政と後三年の役|応徳三年~寛治七年(一〇八六~一〇九三)院政-治天の君の登場|嘉保元年~嘉承二年(一〇九四~一一〇七)聖主堀河と賢臣師通|天仁元年~元永二年(一一〇八~一一一九)白河院政の本格化|保安元年~大治四年(一一二〇~一一二九)〝専制主〟白河法皇|大治五年~久安五年(一一三〇~一一四九)鳥羽院政-美福門院の登場|久安六年~久寿元年(一一五〇~一一五四)悪左府頼長-摂関家の分裂|久寿二年~保元三年(一一五五~一一五八)保元の乱-武者の世の始まり|平治元年~仁安元年(一一五九~一一六六)平治の乱-平氏政権への道|仁安二年~承安二年(一一六七~一一七二)平相国-平氏政権の確立|承安三年~治承二年(一一七三~一一七八)鹿ヶ谷事件-反平氏運動|治承三年~養和元年(一一七九~一一八一)治承のクーデター|寿永元年~文治元年(一一八二~一一八五)平家滅亡-源平の合戦
刊行年:1982/07
データ:『読める年表』 2 自由国民社