日本古代史関係研究文献目録データベース
小口雅史編
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20件中[1-20]
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1.
池田
三枝子
「自傷」
刊行年:2002/10
データ:『野鶴群芳』 笠間書院
2.
池田
三枝子
大伴坂上郎女
刊行年:1997/08
データ:国文学 解釈と鑑賞 62-8 至文堂
3.
池田
三枝子
長皇子の宮
刊行年:1991/06
データ:銀杏鳥歌 6
4.
池田
三枝子
風流侍従長田王考
刊行年:1992/11
データ:上代文学 69 上代文学会
5.
池田
三枝子
家持の「怨」
刊行年:1995/11
データ:上代文学 75 上代文学会
6.
池田
三枝子
竟陵志貴皇子文学圏考
刊行年:1990/01
データ:芸文研究 56 慶應義塾大学芸文学会
7.
池田
三枝子
故太政大臣藤原家の山池を詠む歌
刊行年:1994/10
データ:美夫君志 49 美夫君志会
8.
池田
三枝子
家持の〈交友歌〉
刊行年:1998/03
データ:古代文学 37 武蔵野書院
9.
池田
三枝子
歌語としての「采女」
刊行年:2000/03
データ:実践女子大学文学部紀要 42 実践女子大学
10.
池田
三枝子
平城京.-歌表現と政治理念
刊行年:2010/11
データ:国語と国文学 87-11 ぎょうせい
11.
池田
三枝子
万菓集と皇子文化圏
刊行年:2011/07
データ:水門-言葉と歴史 23 水門の会
12.
池田
三枝子
志貴・長皇子と漢詩文.-交友の歌を通じて
刊行年:1991/06
データ:和漢比較文学 7 和漢比較文学会 万葉集
13.
池田
三枝子
志貴皇子と忍壁皇子.-その不遇期について(上)~(下)
刊行年:1991/12-1992/12
データ:銀杏鳥歌 7~9 万葉集
14.
池田
三枝子
「大伴淡等謹状」その政治性と文芸性
刊行年:1994/04
データ:上代文学 72 上代文学会 琴
15.
池田
三枝子
坂上郎女の恋.-巻八自然詠の恋情表現
刊行年:2008/03
データ:『恋の万葉集』 笠間書院
16.
池田
三枝子
山上憶良「熊凝哀悼歌」の方法.-漢文序の機能
刊行年:2009/11
データ:『古代文芸論叢』 (青木周平先生追悼論文集刊行会)|おうふう(制作)
17.
池田
三枝子
景と「我」.-『万葉集』巻三・二四二番歌小考
刊行年:2001/07
データ:日本文学 50-7 日本文学協会 読む
18.
池田
三枝子
茅上娘子の恋|口訳付茅上娘子全歌集
刊行年:2005/09
データ:『女流歌人(額田王・笠郎女・茅上娘子)人と作品』 おうふう
19.
池田
三枝子
筑紫歌壇はどうして形成されたのか|大伴旅人はなぜ晩年まで歌を詠まなかったのか|山上憶良は渡来人だったのか|山上憶良はどこまで仏教を理解していたか|大伴坂上郎女は恋多き女だったのか|大伴坂上郎女は家持に何を教えたのか|山部赤人はどのような思いで聖武天皇の行幸従駕歌を詠んだのか|高橋虫麻呂は「伝説」をうたったか|高橋虫麻呂は常陸の風土をどのように見ていたのか|遊行女婦はいわゆる遊女か|長意吉麻呂はなぜ意味不明な歌を詠んだのか
刊行年:2000/10
データ:『万葉集101の謎』 新人物往来社 万葉歌人をめぐる謎
20.
池田
三枝子
山部赤人の「田子の浦ゆうち出て見れば」の歌は『百人一首』の歌とどう違うのか|「咲く花の薫ふがごとく」の歌は平城京讃歌か|「麻手刈り干し布さらす東女を忘れたまふな」と詠んだ常陸娘子は農民の娘か|大伴家持はなぜ女性からの恋歌に返事しなかったのか|貧窮問答歌は古代農民の姿の実写か|志貴皇子の懽びの歌には何か別の意味が隠されているのか|「夕されば小倉の山に」の歌の作者はだれか|高橋虫麻呂の浦島伝説を詠む歌にはなぜ亀が出てこないのか|万葉の相聞歌にはなぜ序詞が多いのか|万葉の相聞歌にうわたわれる恋のマジックにはどのようなものがあるか|『万葉集』にはなぜたくさんの七夕歌が残されているのか|万葉の相聞歌はなぜ「人自・人言」を歌うものが多いのか|日本は「言霊の助くる国」だったのか|巻十四の東歌は東国の民謡か|巻十五の遣新羅使人たちは帰路になぜ寡黙になったのか|巻十五の中臣宅守と狭野弟上娘子との恋は虚構か|安積山の歌はほんとうに采女が作ったのか|穂積皇子の歌は恋の苦しさを歌うものか|複数の男性に求婚された伝説の処女たちはなぜ自殺しなければならなかったのか
刊行年:2000/10
データ:『万葉集101の謎』 新人物往来社 万葉の歌をめぐる謎