北方史統合検索データベース
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3653件中[1981-2000]
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2020
2040
2060
1981. 加藤 孝 古代土師器生産窯跡.-特に羽黒堂遺跡調査に関連して
刊行年:1980/03
データ:東北学院大学論集(歴史学・地理学) 10 東北学院大学文経法学会
岩手
1982. 伊藤 博幸 胆沢城と古代村落.-自然村落と計画村落
刊行年:1980/07
データ:日本史研究 215 日本史研究会
岩手
1983. 松平 稲五郎 藤原清衡八五〇年祭
刊行年:1980/07
データ:歴史研究 234 新人物往来社 歴研ふぉとぎゃらりぃ
岩手
1984. 藤沼 邦彦 最古の防禦施設|古代の城柵|前九年の役・後三年の役と平泉藤原氏|文治の役と鎌倉御家人
刊行年:1981/02
データ:『日本城郭大系』 3 新人物往来社 概説
岩手
1985. 高橋 富雄 中尊寺建立の心
刊行年:1981/02
データ:学術月報 33-11 学術研究の動向
岩手
1986. 工藤 圭章 遺跡の建築的考察(はじめに|内城|外郭|おわりに)
刊行年:1981/03
データ:『志波城跡-太田方八丁遺跡範囲確認調査報告』 Ⅰ 盛岡市教育委員会
岩手
1987. 八木 光則 志波城跡をめぐる諸問題(志波城跡の構造と特質〈国府跡と郡衙跡|城柵跡|太田方八丁遺跡=志波城跡|志波城跡と胆沢城跡・徳丹城跡〉|志波城跡と周辺遺跡の土器様相〈はじめに|志波城跡の土器様相|胆沢城跡の土器様相|志波城跡周辺の土器様相|盛岡周辺の平安時代土器の変遷|おわりに〉)
刊行年:1981/03
データ:『志波城跡-太田方八丁遺跡範囲確認調査報告』 Ⅰ 盛岡市教育委員会
岩手
1988. 藤島 亥治郎 藤原三代ものがたり(清衡の追懐|中尊寺の造営|基衡と毛越寺・観自在王院|秀衡と伽羅御所・無量光院|平泉の落日)|平泉春秋(出逢い|平泉を測る|無量光院跡を掘る|中尊寺讃衡蔵建立の由来|観自在王院跡を掘る|毛越寺を掘る|中尊寺を掘る|金色堂の修理|国衡・隆衡館跡を掘る|観自在王院の整備|東山園のこと|町の方々と|平泉文化史館のこと|史都平泉)
刊行年:1981/03
データ:『夢のあと-発掘された平泉』 川嶋印刷∥
岩手
日報社刊行
岩手
1989. 加藤 孝 所謂『平泉型石造宝塔』考
刊行年:1981/03
データ:東北学院大学論集(歴史学・地理学) 11 東北学院大学文経法学会
岩手
1990. 山田 安彦 平泉の歴史的景観の保存問題
刊行年:1981/11
データ:地理 26-11
岩手
1991. 高橋 富雄 平泉と義経(歴史の背景④鎌倉時代)
刊行年:1982/-
データ:『美しい日本』 24 世界文化社
岩手
1992. 飯田 勇 「陸奥話記」における虚構の方法.-記録から物語へ
刊行年:1982/12
データ:研究と資料 8 研究と資料の会
岩手
1993. 平川 南 漆紙・第七号(第四一次調査SK七一六土壙出土)
刊行年:1983/03
データ:『胆沢城跡-昭和57年度発掘調査概報-』 水沢市教育委員会
岩手
1994. 伊藤 博幸 史跡胆沢城跡の発掘調査
刊行年:1983/04
データ:日本歴史 419 吉川弘文館 文化財レポート162
岩手
1995. 大石 直正 中尊寺領骨寺村の成立
刊行年:1984/03
データ:東北学院大学東北文化研究所紀要 15 東北学院大学東北文化研究所
岩手
1996. 大塚 徳郎 古代みちのくに来た都人(二) 文人政治時代の国司|天慶動乱期の国司|藤原忠平・師輔政権時代の国司|初期摂関時代の国司|摂関政治最盛期の家司的受領|前九年の役から後三年の役までの国司|平泉政権成立期の国司|平泉政権全盛期の国司
刊行年:1984/07
データ:『みちのくの古代史-都人と現地人』 刀水書房
岩手
|秋田
1997. 平川 南 胆沢城出土の漆紙文書
刊行年:1985/01
データ:えとのす 26
岩手
1998. 司東 真雄 白山寺考
刊行年:1985/03
データ:北上市立博物館研究報告 5 北上市立博物館 研究ノート
岩手
1999. 伊藤 ていじ 金色堂の建築的意義
刊行年:1985/11
データ:『シンポジウム平泉-奥州藤原氏四代の栄華』 小学館
岩手
2000. 梅原 猛 京都の文化と平泉の文化
刊行年:1985/11
データ:『シンポジウム平泉-奥州藤原氏四代の栄華』 小学館
岩手