日本古代史関係研究文献目録データベース
小口雅史編
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241. 孫 久富
『万葉集』
の称讃歌と『詩経』の頌詩との比較.-国家形成期における発想の探求を中心とする
刊行年:1988/03
データ:国際日本文学研究集会会議録 11 国文学研究資料館 研究発表
242. 長田 貞雄 新資料の上田秋成自筆「滋賀十首歌」に就いて.-秋成の
『万葉集』
研究とその影響
刊行年:1972/11
データ:『論集上代文学』 3 笠間書院
243. 山本 藤枝
『万葉集』
にみる女のくらし|説話にみる女のくらし|狂言にみる女のくらし
刊行年:1975/09
データ:『人物探訪・日本の歴史』 16 暁教育図書
244. 李 満紅
『万葉集』
における「家」と「旅」.-「詠水江浦島子一首并短歌」を中心に
刊行年:2015/04
データ:アジア遊学 182 勉誠出版 1 古典文学と旅の表象
245. 斎藤 忠 記紀と考古学|風土記と考古学|
『万葉集』
と考古学|『古語拾遺』と考古学|『今昔物語』と考古学|『日本霊異記』と考古学
刊行年:1988/02
データ:『古典と考古学』 学生社 考古学と古典との諸問題
246. 池原 陽斉
『万葉集』
巻十六・三八四六番歌の訓読と解釈.-「馬繋」と「半甘」を中心に
刊行年:2013/04
データ:上代文学 110 上代文学会
247. 中小路 駿逸 『日本書紀』・『続日本紀』と
『万葉集』
との「神」類呼称法の“ずれについて.-『島門』・『衣干したり』の歌の背景
刊行年:1992/11
データ:追手門学院大学文学部紀要 26 追手門学院大学文学部
248. 猪股 靜彌 墓誌は語る(一)-威奈大村の墓誌をめぐって(上)|同(二)-威奈大村蔵骨器銘文|同(三)-大村蔵骨器銘文と万葉集|同(四)-僧道薬の墓誌|同(五)-小治田安万侶の墓誌|同(六)-三野岡麿の墓誌(上)|同(七)(八)-小野毛人墓誌(上)(下)|同(九)-三野岡麿の墓誌(下)|同(十)-壬申の乱の将軍・書根麿の墓誌|同(十一)-壬申の乱の将軍・書根麿のロマン|同(十二)-万葉歌人・石川年足墓誌(上)|同(十三)-国宝・石川年足墓誌(下)|同(十四)-因幡出身・徳足姫の墓誌|同(十五)-古事記編者太安萬侶墓誌|同(十八)-墓誌考総括
刊行年:1996/10-1997/12|1998/03
データ:関西アララギ 51-10~52-12|53-3 関西アララギ発行所 万葉雑録(19)~(33)(36) 万葉百話 木簡は語る
249. 新谷 秀夫 家持は
『万葉集』
の編纂者か|家持が最初に詠んだ歌はなにか|家持は単身赴任だったのか|家持が尊敬した「山柿」とは誰のことか|家持と池主は恋愛関係にあったか|防人歌はどうして残ったのか|家持は晩年ほんとうに歌を詠まなくなったのか|安倍仲麿の三笠山の月の歌はなぜ
『万葉集』
に載らなかったのか
刊行年:2000/10
データ:『万葉集101の謎』 新人物往来社 万葉歌人をめぐる謎
250. 望月 一樹 神奈川の前期古墳はどこに所在するのか|神奈川における横穴墓の出現はいつごろか|神奈川の古墳の副葬品にはどんなものがあるのか|馬絹古墳と影向寺は関係があるのか|
『万葉集』
にみる神奈川はどんなところ?
刊行年:2001/04
データ:『神奈川県の不思議事典』 新人物往来社 考古・遺跡|文学
251. 上野 誠
『万葉集』
の巻頭歌は、なぜ雄略天皇の歌からはじまるのか|実質的な
『万葉集』
のはじまりは、なぜ舒明天皇の歌からはじまるのか|万葉人にとって、大和とは、どんな場所だったのか|初期万葉という定義とは、どんな定義なのか|万葉人にとって飛鳥とは、どんな場所だったのか|額田王とは、どんな立場の女性だったのか|万葉人にとって、大和三山とは、どんな山だったのか|香具山はなぜ天の香具山といわれるのか|柿本人麻呂とは、どんな人物なのか|柿本人麻呂は、刑死したのか|高市黒人は、なぜ旅の歌ばかりを残したのか
刊行年:2000/10
データ:『万葉集101の謎』 新人物往来社 万葉歌人をめぐる謎
252. 堀 一郎 古代民の生活基態|仏教受容の精神地盤|仏教の祭祀的摂取|教養・習俗と仏教|
『万葉集』
と仏教|仏教説話の文化史的意義|日本宗教史における庶民性研究の意義|『日本霊異記』の文化性|仏教伝説展開への一考察|行基伝説の社会性
刊行年:1940/11
データ:『日本上代文化と仏教』 法蔵館 堀一郎著作集1古代文化と仏教
253. 神野志 隆光 はじめに|文字をめぐる『古事記』『日本書紀』の物語|「聞く」天皇-『古事記』の「古代」世界|文字の文化国家へ-『日本書紀』の「古代」|紀年をもつ『日本書紀』の「歴史」|紀年をもたない『古事記』と崩年干支月日注|『古事記』『日本書紀』とは別にありえた「古代」|「聖徳太子」-『古事記』『日本書紀』の語らないもの|
『万葉集』
-もうひとつの「歴史」|おわりに|あとがき
刊行年:2007/10
データ:『複数の「古代」』 講談社
254. 犬飼 隆 プロローグ|難波宮跡から出土した「歌木簡」|紫香楽宮跡から出土した「両面歌木簡」|典礼の席でうたう「歌」|出土物に書かれた「歌」たち|観音寺遺跡から出土した「難波津の歌」木簡の価値|「歌」の記録と和歌の表記|五重塔の天井に書かれた「難波津の歌」と和歌|典礼の場から文学サロンへ、そして贈答歌へ|「難波津の歌」の世界と
『万葉集』
の世界|後書
刊行年:2008/09
データ:『木簡から探る和歌の起源-「難波津の歌」がうたわれ書かれた時代』 笠間書院
255. 松尾 光 天皇陵の人名は信じてよいか|石舞台古墳は蘇我馬子の墓か|帰国するや処罰されそうになった妹子|大化改新-大極殿のクーデターと蘇我氏の衰退|古代人の荒々しい不満解消法|悲劇の皇女・十市は不貞の妻か|正倉院の宝物はなぜ伝わったか|藤原仲麻呂の陰謀-天平の光と影|条里遺構は律令制の足跡なのか|
『万葉集』
はなぜ途中で切れたか
刊行年:1997/12
データ:『古代史の謎 知れば知るほど』 実業之日本社
256. 新谷 秀夫 家持の七夕歌はなぜ織女が川を渡ると詠んだのか|家持はどのような思いで聖武天皇の彷徨五年に従ったのか|家持は越中の風土を愛したのか|越中の家持はおとめの幻を見たのか|家持は和歌史における先駆者か(1)-雪月花を詠む場合|同(2)-舟歌を詠む場合|家持の代表作は「春愁三首」か|
『万葉集』
最後の家持の歌は元旦の歌としてふさわしいか
刊行年:2000/10
データ:『万葉集101の謎』 新人物往来社 万葉の歌をめぐる謎
257. 池田 三枝子 山部赤人の「田子の浦ゆうち出て見れば」の歌は『百人一首』の歌とどう違うのか|「咲く花の薫ふがごとく」の歌は平城京讃歌か|「麻手刈り干し布さらす東女を忘れたまふな」と詠んだ常陸娘子は農民の娘か|大伴家持はなぜ女性からの恋歌に返事しなかったのか|貧窮問答歌は古代農民の姿の実写か|志貴皇子の懽びの歌には何か別の意味が隠されているのか|「夕されば小倉の山に」の歌の作者はだれか|高橋虫麻呂の浦島伝説を詠む歌にはなぜ亀が出てこないのか|万葉の相聞歌にはなぜ序詞が多いのか|万葉の相聞歌にうわたわれる恋のマジックにはどのようなものがあるか|
『万葉集』
にはなぜたくさんの七夕歌が残されているのか|万葉の相聞歌はなぜ「人自・人言」を歌うものが多いのか|日本は「言霊の助くる国」だったのか|巻十四の東歌は東国の民謡か|巻十五の遣新羅使人たちは帰路になぜ寡黙になったのか|巻十五の中臣宅守と狭野弟上娘子との恋は虚構か|安積山の歌はほんとうに采女が作ったのか|穂積皇子の歌は恋の苦しさを歌うものか|複数の男性に求婚された伝説の処女たちはなぜ自殺しなければならなかったのか
刊行年:2000/10
データ:『万葉集101の謎』 新人物往来社 万葉の歌をめぐる謎