日本古代史関係研究文献目録データベース
小口雅史編
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421. 佐川 庄司
頼朝
が通った白河関-白河関明神|阿武隈川の南岸と北岸-白河庄と白河結城氏|尊氏・親房と白河結城親朝-南北朝期の白河結城氏|仏教の広がり-一遍上人と白河小峰寺|七〇〇人の熊野参詣-白河結城家中の旅
刊行年:2000/07
データ:『図説白河の歴史』 郷土出版社 中世
422. 石井 進 日本中世の開幕|東の国々|鎌倉殿の誕生|政治家
頼朝
の成長|東西武士団の群像|天下の草創|鎌倉幕府の新政治|悲劇の将軍たち|承久の乱|北条執権政治|東への旅・西への旅
刊行年:1965/08
データ:『日本の歴史』 7 中央公論社 石井進の世界1鎌倉幕府
423. 秋山 哲雄 鎌倉幕府成立の時期に六つの説-何を画期とするかで異なる|
頼朝
の挙兵に応じた武士集団が御家人に-質的に異なる東と西|いち早く置かれた侍所つづいて公文所・問注所が-鎌倉幕府内の諸職
刊行年:2005/01
データ:別冊歴史読本 30-1 新人物往来社 鎌倉幕府成立の謎
424. 保立 道久 後白河落胤の「伯耆王子」-補助線1|後白河落胤の「平泉姫宮」-補助線2|九条院呈子と「二代の后」多子-近衛天皇の二人の妻|変わらない義経イメージ|「
頼朝
中心史観」を排する
刊行年:2004/12
データ:『義経の登場-王権論の視座から』 日本放送出版協会 「平泉姫宮・伯耆王子」と「九条院」-再検討の起点
425. 森本 繁 源義経の生涯①山河放浪【平治の乱~
頼朝
挙兵~黄瀬川対面】|同②凱旋将軍【義仲入洛~宇治川先陣~一ノ谷奇襲】|同③西海落日【検非違使任官~屋島合戦~壇ノ浦合戦】|同④奥州落去【鎌倉下向~京畿潜伏~平泉の最期】
刊行年:2004/11
データ:別冊歴史読本 29-30 新人物往来社 詳細年譜
426. 川窪 奈津子 源
頼朝
請文案│関東下知状│源
頼朝
書状│宗像大菩薩御延喜│宗像宮創造記│後堀河天皇綸旨案│筑前国司庁宣│官宣旨│聖護院道増書状│阿弥陀経石│阿弥陀経石拓本│阿弥陀経石(阿弥陀仏面│阿弥陀経面│側面追刻銘・敷石)│問注所執事・奉行人連署問状案 沙弥浄恵(宗像氏業)請文案│石造狛犬 一対│木造色定法師坐像│色定法師一筆一切経奥書│色定法師一筆一切経│宗像大神宮神官・僧官・御灯衆等連署起請文│宗像社事書
刊行年:2014/08
データ:『宗像大社国宝展-神の島・沖ノ島と大社の神宝』 (公)出光美術館編 作品解説(第3章 宗像大社文書の世界.-宗像大宮司家と中世の海外交渉)
427. 下山 忍 頼政と以仁王、平氏打倒を旗印に挙兵-清盛の強権政治に反発|配流の地「伊豆蛭ヶ小島」での
頼朝
-僧文覚と知り合う|
頼朝
挙兵に駆けつけた武士たち-山木兼隆館に夜討ち|海路安房へわたり、進撃を開始する-石橋山の合戦からの再起|鎌倉を拠点とした理由-下総・武蔵など在地武士の力を結集し、鎌倉を拠点とする|義仲、平氏を倶利加羅峠で敗れる-入京の方策|後白河法皇を幽閉しクーデターを起こす-統制力を欠いた義仲軍|義経の作戦が帰趨を決した一ノ谷合戦-奇襲「鵯越の坂落とし」
刊行年:2005/01
データ:別冊歴史読本 30-1 新人物往来社 源平合戦の謎
428. 糟谷 優美子 反信西派を結集し挙兵するも敗北-義朝が起こした平治の乱|平治の乱で活躍した源氏方の家人たち-大半が東国の武士|多くの和歌を残した頼政-源氏ながら平氏方につき平治の乱を戦う|義朝、長田親子に討たれる-息子
頼朝
も東国へ落ちるもはぐれる
刊行年:2005/01
データ:別冊歴史読本 30-1 新人物往来社 父義朝と源氏一族の謎
429. 野口 実 王権のガードマン-滝口陣|自由だった囚人たち-獄所|女商人の活躍-七条町|葬地から芸能の場へ-鴨の河原|異変を告げる「鳴動」-将軍塚|コピーされた最先端の都-平泉と京都|疫神から京都を守る-四境祭|憧憬の京都-源
頼朝
刊行年:1994/11
データ:『平安の都』 朝日新聞社
430. 安田 元久 中世への序幕|武士階級の成りたち|兵の世界|俘囚の国-前九年・後三年の役|「治天の君」白河法皇|河内源氏と伊勢平氏|武家の棟梁|悪左府と少納言入道|六波羅のさかえ|奥州平泉の王国|白旗・赤旗の争い|後白河法皇と源
頼朝
|東大寺再建|武家政権の苦悩
刊行年:1968/06
データ:『カラー版国民の歴史』 7 文英堂
431. 谷口 研語 鎌倉時代 武将(平清盛|源
頼朝
|源義経|北条時宗|平重盛|北条時頼|源頼政|源範頼|源頼家|源実朝|平知盛|平敦盛|北条時政|北条高時|藤原秀衡|千葉常胤|武蔵坊弁慶|和田義盛|梶原景時|竹崎季長)|鎌倉時代 公家(九条兼実|九条頼経)
刊行年:2006/12
データ:歴史読本 51-15 新人物往来社 日本の英雄 肖像が語る生涯 鎌倉・室町時代編
432. 千野原 靖方 惣領制武士団の根源について|武家の発生(貴族と律令国家|古代武力組織の性格|中世武士団のきざし)|豪族武士団の形成(千葉氏の起源と千葉郷|中世豪族武士団の成立|源
頼朝
と千葉氏)|中世武士社会の構造(鎌倉武家政権の成立|鎌倉時代の武士団|惣領制武士団の解体)|あとがき
刊行年:1976/07
データ:『豪族武士団形成史論-千葉氏にみる武士団の成立過程-』 崙書房
433. 五味 文彦 幼きころ-史料の性格を考える|童の時代-『平治物語』の世界|英雄への階梯-『義経記』の世界|英雄時代-『吾妻鏡』の世界|義経の力-文書から探る|合戦の英雄-合戦記と物語|
頼朝
との対立-書状の役割|落日の義経-宣旨と院宣|静の物語-『吾妻鏡』と『玉葉』|奥州の世界へ-記録と伝説
刊行年:2004/10
データ:『源義経』 岩波書店
434. 井上 章一 まえがき|宮崎市定にさそわれて|内藤湖南から脈々と|ソビエトの日本史とマルクス主義|弥生に神殿はあったのか|キリスト教と、仏教と|応仁の乱|鎌倉時代はほんとうに鎌倉の時代だったのか|江戸から明治の
頼朝
像|ゲルマニアになぞらえて|平泉澄と石母田正|東と西の歴史学|京都からの中世史|ライシャワーの封建制|司馬遼太郎よ、お前もか|梅棹忠夫のユーラシア|あとがき
刊行年:2008/07
データ:『日本に古代はあったのか』 角川学芸出版 角川学芸WEBマガジン第1号~第14号連載「日本の歴史とユーラシア」を改題・改稿
435. 石井 喬 源
頼朝
は、なぜ鎌倉に幕府を開いたのか|鎌倉は鎌倉城といわれたというけれども本当にお城だったの?|和田塚は本当に古墳であったのか|鎌倉時代の人々の死体はどのように処理したのか|鎌倉では墓のことをなぜ「やぐら」というのか|円覚寺舎利殿は、本当は室町時代に建てられた尼寺だったの?|今小路西遺跡は何の跡か|鎌倉五山はどのように決められたのか
刊行年:2001/04
データ:『神奈川県の不思議事典』 新人物往来社 中世の鎌倉
436. 小和田 哲男編 武門の棟梁四五人の事跡(大伴弟麻呂|坂上田村麻呂|文室綿麻呂|木曾義仲|源
頼朝
|源頼家|源実朝|藤原頼経|藤原頼嗣|宗尊親王|惟康親王|久明親王|守邦親王|護良親王|足利尊氏|足利義詮|足利義満|足利義持|足利義量|足利義教|足利義勝|足利義政|足利義尚|足利義稙|足利義澄|足利義晴|足利義維|足利義輝|足利義栄|足利義昭|徳川家康)
刊行年:1979/06
データ:歴史読本 24-8 新人物往来社 特集人物事典 家系と戦跡で綴る
437. 岡田 清一 千葉氏と相馬御厨(桓武平氏と両総|相馬御厨の成立|千葉氏の不安定な支配)|相馬氏の成立と初期鎌倉幕府(千葉氏と源
頼朝
の挙兵|千葉氏系相馬氏の成立|相馬氏と初期幕府)|相馬氏の所領支配と幕府政治(相馬義胤と「とよ」御前|相馬胤綱と相馬尼|「あひこのむら」と尼しんねん|相馬胤村と尼阿蓮|相馬氏の奥州移住と得宗専制)
刊行年:2005/03
データ:『我孫子市史』 通史編 武者の世の我孫子
438. 上杉 和彦 荘園整理と摂関家|東国武士の武勇|院の近臣と武士|大江匡房と『江談抄』|回想の白河法皇|明法博士をやりこめる藤原頼長|ある荘園絵図の成立|大衆の強訴でゆれる朝廷|以仁王と八条院|富士川合戦の情報|木曽義仲の失態|壇の浦合戦|
頼朝
の扇の下文|熊谷直実の意地|後鳥羽上皇の挙兵|尼将軍政子の演説
刊行年:1993/06
データ:『日本史史話』 1 山川出版社
439. 新田 英治 治承・寿永の内乱|鎌倉幕府の成立時期について|鎌倉幕府政所の設置|鎌倉幕府の成立|鎌倉時代の武家文書|幕府政治の展開Ⅰ|
頼朝
の征夷大将軍辞任|武家社会の構造と御家人制度|知行論争|承久の乱|五摂家の分立|幕府政治の展開Ⅱ|「御成敗式目」の条文配列|蒙古襲来(文永の役|弘安の役)|文永の役と「神風」|得宗専制政治|両統問題と幕府|皇室領荘園の帰属|鎌倉幕府の倒壊
刊行年:1985/05
データ:『日本歴史大系』 2 山川出版社
440. 高橋 富雄 もう一つの主権の歴史|征夷大将軍前史|古代征夷大将軍|征夷大将軍と鎮守府将軍|藤原忠文の征夷大将軍問題|木曾義仲の征夷大将軍|
頼朝
における征夷大将軍前史|右近衛大将と征夷大将軍|鎌倉殿・総追捕使・将軍|鎌倉殿と征夷大将軍|鎮守大将軍と征夷大将軍|足利公方体制|鹿苑院太天皇|天下人と将軍|徳川の征夷大将軍|禁中並武家諸法度|宗教的皇帝と世俗的皇帝|国際法上の征夷大将軍|攘夷論と征夷大将軍|大政奉還と征夷大将軍|大政委任の論理|徳川朝敵・我慢
刊行年:1987/03
データ:『征夷大将軍-もう一つの国家主権』 中央公論社