日本古代史関係研究文献目録データベース
小口雅史編
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461. 井上 光貞(司会)∥上田 正昭|岡崎 敬|
貝塚
茂樹|岸 俊男|末永 雅雄|長広 敏雄|西嶋 定生|森 浩一∥網干 善教|秋山 日出雄|伊達 宗泰(発掘調査グループ) 発掘のデータ|終末期古墳の年代|大陸装飾墓との比較考察|歴史の視点に立って|古墳様式の追求|壁画の意図したもの|皇陵調査をめぐって|あすの古代史解明のために
刊行年:1972/06
データ:『朝日シンポジウム 高松塚壁画古墳』 朝日新聞社 『高松塚古墳調査中巻報告書』参照 殯
462. 藤村 東男 失われた大森
貝塚
|常識崩した岩宿遺跡|模型で残る明石原人|最古か泉福寺の土器|外洋を渡った丸木舟|天然の塗料・接着剤|安定した食料源|土器に残った脂肪酸|急激に減少した人口|引き継がれた紡錘車|利き腕の痕跡|ミステリアスサークル|超能力を呼ぶ仮面|水漏れ防いだ文様|壊して捨てた土偶|ピアスの〝針穴〟|土偶を数量化|ふるいの網の目|捨てられた土器|遺跡に走る断層|遺跡破壊の代償
刊行年:?
データ:毎日中学生新聞 毎日新聞社 発掘のロマン最前線
463. 藤田 富士夫 中部地方の古代遺跡(〝ヒスイの道〟とは何か-日本海を舞台にした交易ルートをさぐる|雪国に生きた縄文期の人々-不動堂遺跡にみられる大型住居跡の謎|七〇〇〇年前の食生活の謎-鳥浜
貝塚
からみた縄文人の食物一らん|湖底に沈んだナウマン象-野尻湖発掘から復元した旧石器時代の狩人たち|華麗な土器は誰がつくったか-八ケ岳山麓に生まれた渦巻文大把手付土器の謎|洪水によって流されたムラ-登呂遺跡を中心とした弥生文化普及のルート)
刊行年:1985/04
データ:『日本古代史と遺跡の謎・総解説』 自由国民社 古代遺跡の謎∥1~7版
464. 宇佐美 哲也 弥生文化(弥生文化|弥生土器|青銅器|銅鐸|銅鏡|武器型祭器)|農耕文化(稲作文化|稲の伝来ルート|菜畑遺跡|板付遺跡|稲作の波及|遠賀川式土器|続縄文文化|オホーツク文化と擦文文化|沖縄
貝塚
文化|木製農耕具|鉄製農耕具|唐古・鍵遺跡|大陸性磨製石器|石包丁|磨製石鏃・石剣|機織・紡錘車|環濠集落|高床倉庫|弥生人の食生活|弥生人の四季|登呂遺跡|吉野ヶ里遺跡)|葬法(箱式石棺墓|木棺墓|甕棺墓|弥生墳丘墓|方形台状墓|方形周濠墓)
刊行年:2005/09
データ:『日本古代史事典』 朝倉書店 農耕の定着とクニの成立
465. 宇田川 洋 東釧路
貝塚
|春採台地竪穴群|モシリヤ砦跡|鶴ケ岱チャランケ砦跡|北斗遺跡|フシココタンチャシ|桂ケ丘砦跡|江別市坊主山遺跡|オムサロ台地竪穴群|根室半島チャシ群|浜頓別クッチャロ湖畔竪穴群|朱円竪穴住居跡|斜里朱円環状土籬|置戸遺跡|常呂竪穴群|タチカルシュナイ遺跡|白滝遺跡|湧別市川遺跡|シブノツナイ竪穴住居跡|興部豊野竪穴住居跡|シベチャリのチャシ|十勝ホロカヤントー竪穴群|ユクエピラチャシ|オタフンベチャシ跡|十勝オコッペ遺跡|十勝太遺跡群|厚岸神居岩砦跡及び竪穴群|下田ノ沢遺跡|ホロニタイ遺跡|伊茶仁遺跡群|標津遺跡群|トビニタイ遺跡
刊行年:1995/03
データ:『日本古代遺跡事典』 吉川弘文館
466. 丹羽野 裕│野々村 安浩│平石 充│松尾 充晶│仁木 聡│稲田 陽介│吉松 大志│堀川 徹│椿 真治│森田 喜久男 神門郡の解説│神門郡の総記│神門郡の郷│感度郡の寺院│神門郡の神社│神門郡の山野│神門郡の河川・池│神門郡の海岸地形│神門郡の通道│神門郡の郡司│解説(「神門郡」と神門臣│神門郡家と古志本郷遺跡│所造天下大神の妻問い│古志郷と越の国│目置の伴部と政│神門郡の新造院│ナメサ社とスセリヒメ│高岸郷と阿遅須枳高日子命│大神の山々、吉栗山と所造天下大神の宮材│塩治郷と止屋淵│神門水海・出雲河の復元│神門水海の産物・
貝塚
)
刊行年:2014/03
データ:『解説 出雲国風土記』 今井出版 神門郡
467. 黒尾 和久 日本列島(更新世と完新世|日本列島の成り立ち|ナウマンゾウ・オオツノジカ|縄文海進と海退|照葉樹林文化とナラ林文化)|列島の人々(列島の化石人類|明石人骨|原日本人説|アルタイ語族|モンゴロイド)|旧石器文化(旧石器時代|ルバロア技法|岩宿遺跡|関東ローム層|ナイフ形石器文化|局部磨製石斧|礫群・配石|細石刃文化|湧別技法・矢出川技法|尖頭器文化)|縄文文化(縄文文化|モース|縄文土器|縄文土器の編年|
貝塚
|環状集落跡|竪穴住居跡|敷石住居|低湿地遺跡|鳥浜遺跡|三内丸山遺跡|弓矢・石鏃|打製石斧|磨製石斧|漁撈具|骨角器|縄文人の精神世界|土偶|抜歯|葬法|配石遺構|環状列石|環状土離|縄文時代の交易|黒曜石|サケ・マス論|縄文農耕論|縄文時代の植物食|プラント・オパール)
刊行年:2005/09
データ:『日本古代史事典』 朝倉書店 日本列島のあけぼの
468. 菱沼 右一 江戸以前の東京と関八州(アイヌ地名|湾の地名|関東平野|東、吾妻|吾妻湾から品川湾|鬼怒と吾妻は山人と海人|坂田の金時|筑波も「紀の国」であった|埼玉、上妻、中妻、下妻|多摩|埼玉、児玉、熊ヶ谷|荒川|利根川|武蔵、相模|愛宕、安高、足立、田子、多古|厚田、安土、安寺|湾頭の大都市とその名|富士、ニシパ、サパ|徳島、厳島|足柄、箱根、丹那|鎌倉、江島、小田原|神人化された大山嶽の名|神名と人種及部落民の名|民族名と部落名|信濃、上野、下野、東|二荒、宇都宮|毛野川|常陸、日高見|信濃、千曲、茶臼|信州の発補温泉、志賀高原|伊香保、渋、塩原|富津、布佐|総国、安国|千葉、木更津、犬吠、銚子|品川湾とその周囲|越国|茨城と蛇神|風土記の茨城の里|小原村附近|風土記の茨城解説|水戸の由来|波良伎は蛇か?|伊吹山もイパラキである|県主|国巣の言葉|台、塙、箕ノ輪|出雲|福島|猪苗代湖|長瀞|手代、手代木、田代|鳥海、猿羽根、羽黒|鶴見、鶴巻|北海道から樺太まで|那珂、那賀、奈加、那智)|江戸以前の東京(江戸往古之図|江戸|五大岬|忍ヶ岡、下谷、上野|不忍池|日暮里、根岸|台、高輪、下谷、上野|田端、駒込|神田、根津|妻恋、戸隠|牛込、小石川、小日向|牛込、牛ヶ淵、牛天神|牛天神|音羽|浅草とその周囲|浅草とは、どんな意味か|言問と牛頭、牛御前|品川湾とその周囲|牛頭天王、兜神社、紐神社|牛天神と忍ヶ森|本所、深川、牛島|寄木神社|大森の
貝塚
大井|目黒、目白|愛宕、日比谷、宇田川|下田、三田、伊皿子|東閑森と池上|隅田川)|地名の新研究(駒込、丸山、小山、駒ヶ嶽|駒形|荒砥と左澤|倉、鞍、久良、久留|キンジヤマ|鬼倉、佐葉倉、羽黒、小掠、小倉、佐倉、佐羽根倉|早稲田と鶴巻、長谷と鶴ヶ崎|駒込、駒形、小牧、本郷の研究の経路|形と牧|花巻|後閑|生活と信仰と感謝に即した日本の国名|茨城の意義)|北海道樺太地名考(北海道地名|樺太名稱の由来|アニワ灣名稱の由来|樺太の地名)
刊行年:1939/11
データ:『アイヌ語よりみた日本地名新研究-江戸以前の東京』 中央情報社 復刻:第一書房(1982/04)