日本古代史関係研究文献目録データベース
小口雅史編
検索式
検索
クリア
表示件数
10
20
30
50
100
ソート
執筆者 (昇順)
執筆者 (降順)
刊行年 (古い順)
刊行年 (新しい順)
検索結果
94件中[81-94]
0
20
40
60
80
81. 原田 正剛 初期鎌倉府における所務沙汰の一形態.-
相模国
山内庄秋庭郷内信濃村をめぐる相論を中心として
刊行年:2000/03
データ:中央史学 23 中央史学会
82. 服部 実喜 南武蔵南部・
相模国
における古代末期の土器様相(南武蔵南部(鶴見川流域)における平安時代中・後期の土器様相
刊行年:1986/02
データ:神奈川考古 21 神奈川考古同人会 古代末期-各地域における古代末期の土器様相
83. 長谷川 厚 東国における「律令的土器様式」の成立と展開について.-
相模国
の様相からみた東国での適用と方法論について
刊行年:1991/05
データ:『古代探叢』 Ⅲ 早稲田大学出版部
84. 竹内 理三編 駿河国・伊豆国荘園分布図|甲斐国荘園分布図|
相模国
荘園分布図|武蔵国荘園分布図
刊行年:1961/01
データ:九州史学 17 九州大学国史学研究会 荘園分布図 上巻
85. 田尾 誠敏 令制国の成立と土器の流通.-
相模国
と隣接地域の諸相(予察)
刊行年:2009/01
データ:『古代地方行政単位の成立と在地社会』 奈良文化財研究所
86. 都司 嘉宣 古代中世の富士噴火を記す「富士史」と「
相模国
寒川神社日記録」の史料批判
刊行年:1990/
データ:歴史地震 6 歴史地震研究会
87. 野口 実 序|坂東における地方軍事貴族の成立と展開(秀郷流藤原氏の基礎的考察|平忠常の乱の経過について-追討の私戦的側面)|十二世紀における坂東武士団の存在形態(「武士身分」の中世的展開(覚書)|秀郷流小山氏・足利氏|上総氏と千葉氏|
相模国
の武士団-とくに波多野氏と山内首藤氏について)|平氏政権下における坂東武士団(平氏知行・受領国|非平氏知行・受領国|総括)|院・平氏両政権下における
相模国
-源氏政権成立の諸前提(源氏と
相模国
の関係の定着とその背景|白河・鳥羽院政の展開と源氏支配の弛緩化|源義朝による
相模国
武士団の統合|平治の乱後における
相模国
|総括)|総括|あとがき
刊行年:1982/12
データ:『坂東武士団の成立と展開』 弘生書林
88. 舘野 和己 「古代の政治と人々の暮らし」(律令制下の地方行政|国司と郡司の姿|庸調貢進の道|相模からの貢進物|
相模国
の調邸)
刊行年:2007/03
データ:『復元!古代都市平塚-
相模国
府を探る』 ふるさと歴史シンポジウム実行委員会 基調講演
89. - 東大寺開田地図 越中国足羽郡道守村絵図|弘仁二年九月廿五日勘物使解(宝物点検の報告書)|浄清所解(浄清所が出した文書)|敷金銀雑色紙用残帳(写経用の装飾料紙の記録)|豊前国上三毛郡塔里・加自久也里戸籍(豊前国の戸籍)|伊豆国正税帳(伊豆国の財政報告書)|
相模国
封戸租交易帳(
相模国
の封戸租についての報告書)|東大寺封戸庄園并寺用雑物目録|越前国足羽郡庁牒(足羽郡庁が出した文書)
刊行年:1986/10
データ:『正倉院展目録』 第三十八回 奈良国立博物館 図版・解説
90. 木本 雅康|荒井 秀規|柏木 善治|明石 新(パネリスト)∥田尾 誠敏(コーディネーター)
相模国
府を探る(
相模国
府研究のあゆみ|
相模国
府調査のはじまり|国府以前の平塚|国府の立地|東海道の発見|
相模国
の古代東海道|国庁の発見|国府・国庁の年代|国庁の移転|まとめ)
刊行年:2007/03
データ:『復元!古代都市平塚-
相模国
府を探る』 ふるさと歴史シンポジウム実行委員会 パネルディスカッション
91. 平野 卓治 プロローグ-律令制下の人々の負担∥西へ(税を運ぶ〈都へ運ぶもの|郡家と国府《都筑郡家|武蔵国府|
相模国
府》|都への道《曲金北遺跡》|平城京と市・調邸《奈良の都の姿|
相模国
調邸と東市》|都から〉)|大宰府の様相∥東へ(蝦夷戦争を支える〈東北経営と東国の負担|国衙工房の様相《鹿の子C遺跡》〉|東北の城柵と東国社会〈郡山遺跡と東国社会|多賀城と東国|移民たちの足跡《名生館遺跡|三輪田遺跡|一里塚遺跡|御駒堂遺跡|色麻古墳群》|胆沢城と東国|秋田城と東国地域)∥エピローグ-兵の時代への系譜
刊行年:2002/02
データ:『東へ西へ-律令国家を支えた古代東国の人々』 横浜市歴史博物館
92. 奥野 中彦 京都油小路屋敷図|近江国木津荘寺領注進帳|越前国河口・坪江荘近傍図|山城国佐賀荘咋岡全図|信濃国原山古図|駿河国井川郷上田村絵図|備前国安国寺寺域絵図|筑前国宗像郡六十二村古図|紀伊国安楽河荘脇谷四至絵図|伊勢国鹿海村絵図|陸奥国平泉古図|陸奥国毛越寺古図|周防国山口町古地図|飛騨国中図|近江国小田村高畠屋舗図|平城京図(原題市図)|大和国葛木東所地肆坊図|大和国東喜殿荘坪付図|丹波国出雲神社社領示絵図|讃岐国善通曼荼羅両寺領絵図|京中焼亡図|出雲国出雲大社及近郷絵図|大和国東喜殿荘近傍図|京都東市町図|武蔵国鶴見寺尾荘図|山城国上久世荘図|山城国今宮社別当宗秀敷地指図|陸奥国骨寺古図(その二)|京都遍照心院敷地絵図|京都妙見寺地子法住寺押妨図|
相模国
円覚寺塔頭法珠院敷地図|京都神泉苑祈雨道場絵図|若狭国丹生浦浦山沽却注文|京都左京御所前・乾町下地指図|京都故土御門中将有通朝臣敷地指図|京都十楽院跡屋敷差図|京都東寺寺内敷地差図|大和国羽津里井荘図|京都左京八条在家田地差図|丹波国吉富荘絵図|山城国松尾大社及近郷絵図|山城国上野荘指図|京都某寺庵敷地指図|祇園社領川成注文指図|大和国西大寺辺四陵所在条里図|京都左京土御門敷地指図|大和国中山荘土帳|大和国古木本・新両荘土帳(断簡)(その二)|大和国郡名略地図|大和国岩井河南岸諸荘園図|大和国池田荘と并井殿荘境溝相論指図|大和国佐保新免土帳(その二)(その三)|山城国西谷藪地指図|大和国楊本荘条里図|山城国京上道之次第図 文明十七年十月古市・誉田等陣取図|四郎三郎作下地指図|伊勢国稲生村三社絵図|
相模国
善宝寺寺地絵図|京都今小路以北石井美作入道以南畠地図|山城国大副里三坪西縄本所在図|京都土御門正親町万里小路富小路四丁町指図|京都大工三郎右衛門抱分指図|摂津国広徳寺門前図|山城国五智院南地差図|山城国如意庵下地相博差図|大和国忌部荘図
刊行年:1977/05
データ:『日本荘園絵図集成』 下 東京堂出版
93. - 雑物出入帳|鼓打布衫(麻の下着)|布衫(麻の下着)|続修正倉院古文書第六巻(筑前国嶋郡川辺里戸籍)|正倉院古文書正集第十九巻(伊豆国正税帳、
相模国
封戸租交易帳、安房国義倉帳)|正倉院塵芥文書第三十五巻(鑑真奉請経巻状ほか)|続々修正倉院古文書第四十四帙第四巻(経師等被充帳・越前国江沼郡山背郷計帳)|東南院古文書第三櫃第四十一巻(山背国宇治郡家地売券等)|続修正倉院古文書後集第二十二巻(奉写一切経所食口案、一切経并千手経紙充帳)|山水図|魚骨笏|十地経論巻第八(隋経)|悲華経巻第四(光明皇后御願経)|阿闍貰王女経(称徳天皇勅願経)|雑物出入帳
刊行年:2004/10
データ:『正倉院展目録』 第五十六回 奈良国立博物館 図版 解説
94. 阿部 猛 農業経営(名田経営論|苗代|門田|便宜要門田|田植|棚田|焼畑|池|井料|畠|屋敷地|林|早稲・中稲・晩稲|片荒|散所|塩浜|水争い|噴火災害|女堀|荘園と村落)|古代の荘園(〈山城国〉石垣荘|石原荘|大住荘|岡屋荘|巨倉荘|小野荘|鶏冠井荘|笠置荘|笠取荘|上桂荘|賀茂荘|木津荘|芹河荘|曾束荘|薪荘|橘園|玉井荘|富坂荘|真幡木荘|前瀧荘|物集荘|山田荘|山田牧|〈大和国〉安堵荘|池田荘|生馬荘|石名荘|出雲荘|櫟北荘|櫟本荘|井上荘|今井荘|今木荘|宇野荘|笠間荘|春日荘|河上荘|喜殿荘|清澄荘|小東荘|簀川荘|高殿荘|長瀬荘|長屋荘|飛騨荘|檜牧荘|広瀬荘|藤井荘|水間杣|山口荘|〈河内国〉石川荘|会賀牧|大江御厨|楠葉牧|郡荘|玉串荘|古市荘|星田荘|〈和泉国〉網曳御厨|地黄御園|信達荘|春木荘|日根荘|〈摂津国〉猪名荘|榎並荘|倉橋荘|宿久荘|新羅江荘|多田荘|垂水荘|垂水牧|長洲御厨|水成瀬荘|輪田荘|〈伊賀国〉伊賀神戸|板蠅杣|柏野荘|国見杣|黒田荘|薦生荘|玉瀧荘|柘植荘|鞆田荘|中村荘|山田荘|湯船荘|〈伊勢国〉大国荘|川合荘|曾禰荘|益田荘|寛御厨|〈志摩国〉木本御厨|〈尾張国〉安食荘|一楊御厨|小弓荘|長岡荘|〈参河国〉吉良荘|志貴荘|吉田御園|〈遠江国〉池田荘|蒲御厨|質侶荘|初倉荘|〈駿河国〉益頭荘|〈甲斐国〉甘利荘|大井荘|八代荘|〈
相模国
〉大庭御厨|糟屋荘|成田荘|波多野荘|早川牧|〈武蔵国〉稲毛荘|船木田荘|〈安房国〉群房荘|丸御厨|〈上総国〉二宮荘|藻原荘|〈下総国〉印東荘|大戸荘|葛西御厨|神崎荘|下河辺荘|相馬御厨|〈常陸国〉信太荘|下妻荘|吉田荘|〈近江国〉伊香立荘|愛智荘|大浦荘|香荘|勢多荘|土田荘|覇流荘|水沼荘|野洲荘|〈美濃国〉茜部荘|明智荘|大井荘|平野荘|〈飛騨国〉白川荘|〈信濃国〉塩田荘|〈上野国〉薗田御厨|高山御厨|新田荘|淵名荘|〈下野国〉足利荘|佐野荘|梁田御厨|〈陸奥国〉安達荘|信夫荘|高鞍荘|〈出羽国〉大曽禰荘|成島荘|屋代荘|遊佐荘|〈若狭国〉国富荘|太良荘|宮川荘|宮川保|〈越前国〉足羽荘|牛原荘|大蔵荘|方上荘|河口坪江荘|糞置荘|栗川荘|桑原荘|鯖田国富荘|曾万布荘|高串荘|道守荘|鎧荘|〈加賀国〉高羽荘|得蔵荘|額田荘|幡生荘|横江荘|〈能登国〉菅原荘|土田荘|若山荘|〈越中国〉石粟荘|石黒荘|井山荘|大荊荘|鹿田荘|狩城荘|須加荘|鳴戸荘|丈部荘|〈越後国〉石井荘|白河荘|豊田荘|〈丹波国〉大山荘|雀部荘|後川荘|多紀荘|波々伯部保|宮田荘|山国荘|〈但馬国〉温泉荘|〈因幡国〉高庭荘|〈伯耆国〉宇多河荘|〈出雲国〉揖屋荘|母里荘|〈播磨国〉赤穂荘|有年荘|大部荘|小犬丸保|椙原荘|田原荘|矢野荘|〈備前国〉香登荘|鹿田荘|〈備中国〉足守荘|〈備後〉太田荘|小童保|〈安芸国〉安摩荘|可部荘|志道原荘|竹原荘|三田荘|壬生荘|吉田荘|〈周防国〉伊保荘|竃戸御厨|多仁荘|椹野荘|〈長門国〉厚狭荘|向津具荘|〈紀伊国〉阿河荘|荒川荘|石手荘|相賀荘|田荘|賀太荘|官省符荘|神野眞国荘|木本荘|栗栖荘|粉河荘|山東荘|志富田荘|隅田荘|野上荘|湯浅荘|吉仲荘|〈阿波国〉篠原荘|富田荘|名東荘|新島荘|〈讃岐国〉多度荘|富田荘|〈伊予国〉大島荘|新居荘|吉岡荘|〈筑前国〉安志岐荘|植木荘|碓井荘|釜生荘|博太荘|把岐荘|山鹿荘|津隈荘|長野荘|貫荘|〈豊後国〉玖珠荘|〈肥前国〉宇野御厨|太田荘|川副荘|神埼荘|佐嘉荘|藤津荘|〈肥後国〉阿蘇社|鹿子木荘|山鹿荘|〈日向・大隅・薩摩国〉島津荘)
刊行年:2005/09
データ:『日本古代史事典』 朝倉書店 荘園・公領と武士